


大手IT企業、Sansan、HubSpot Japanを経て2024年に株式会社UniteXを創業。数百社のCRM導入・業務設計を経験する中で「ツール導入だけでは組織は変わらない」という課題に直面し、AI×業務プロセス最適化サービス「AI Flow」を立ち上げ。業務理解・ビジネス理解・CRM・AIの4軸で、企業の業務プロセスそのものを再設計する支援を行っている。
朝7時、出勤してすぐにバイタル測定。体温、血圧、脈拍を一人ひとり測り、紙の記録用紙に手書きする。食事介助が終わったら、誰が何割食べたかをケア記録に記入。排泄介助のたびにチェックシートに記録。入浴介助の合間に連絡帳を書き、申し送りノートにも同じ内容を転記する──。
介護の現場では、こうした「記録」が1日のあらゆる場面に散りばめられています。
介護記録とは、利用者の心身の状態やケアの内容を文書として残す業務です。法令で義務づけられた記録(介護サービス提供記録、ケアプラン関連書類等)に加え、施設独自の記録(業務日誌、連絡帳、申し送りノート等)があり、介護職員は1日あたり1.5〜2時間を記録作業に費やしています。この時間は、利用者に直接向き合える時間から差し引かれています。
この記事では、介護現場の記録業務を種類ごとに分解し、なぜ記録が「こんなに大変」なのか、その構造的な原因を明らかにします。
介護職員(日勤帯・8時間勤務)の1日を時間軸で分解してみます。直接ケアと記録業務が、どのような割合で1日を構成しているのかを可視化します。
一見すると「記録」は業務のごく一部に見えるかもしれません。しかし実態は異なります。午前・午後のケアの合間にも記録は随時発生し、純粋な記録作業だけで1日1.5〜2時間、勤務時間の20〜25%を占めています。
介護現場で作成される記録は、大きく6種類に分類できます。それぞれの作成頻度と1回あたりの所要時間を整理します。
| 記録の種類 | 作成頻度 | 1回の所要時間 | 1日の累計時間 |
|---|---|---|---|
| バイタル記録 | 1日2〜3回(利用者全員分) | 1〜2分/人 | 20〜40分 |
| ケア記録(排泄・食事・入浴等) | ケア実施のたび | 2〜5分/件 | 30〜50分 |
| 申し送りノート | シフト交代時 | 15〜20分 | 15〜20分 |
| 連絡帳(家族向け) | 1日1回(通所系) | 3〜5分/人 | 20〜40分 |
| 業務日誌 | 1日1回 | 15〜20分 | 15〜20分 |
| ヒヤリハット・事故報告書 | 発生時 | 20〜30分/件 | 不定期 |
体温、血圧、脈拍、SpO2。利用者一人ひとりの数値を測定し、記録用紙やシステムに入力します。20名の利用者がいれば、1回の測定で40分近くかかることもあります。
問題は、測定値を紙に書いてから、さらにシステムに入力する「二度手間」が多くの施設で発生していることです。測定器からの自動転送が導入されていない施設では、職員が数値を読み取って手入力するしかありません。
排泄介助をしたら記録、食事介助をしたら記録、体位変換をしたら記録。ケアの合間に記録を書き、記録の合間にケアをする──どちらが本業かわからなくなる瞬間があります。
「後でまとめて書こう」と思っても、時間が経つと詳細を忘れてしまう。だからケアの直後に書かなければならない。しかし、利用者の目の前でパソコンやタブレットに向かっている時間は、利用者にとっては「自分を見てくれていない時間」です。
シフト交代時の申し送りは、介護の安全を支える重要な業務です。しかし多くの施設では、口頭で申し送りをした後、同じ内容をノートにも書くという二重作業が発生しています。
口頭の申し送りは15分、ノートへの記入にさらに15〜20分。しかも、申し送りの内容は職員の文章力や要約力に依存するため、伝わる情報の質にバラつきが生まれます。
デイサービスやショートステイでは、家族への連絡帳が毎日必要です。「今日は食事を8割召し上がりました」「レクリエーションで笑顔が見られました」──利用者一人ひとりに合わせたコメントを書くのに、3〜5分かかります。
20名の利用者がいれば、連絡帳だけで60分以上。しかもこの内容は、ケア記録にすでに書いた情報と大部分が重複しています。
介護現場の記録業務が負担になる最大の構造的原因は「転記」です。同じケアの事実が、ケア記録・申し送り・連絡帳・業務日誌と、4つの書類に形を変えて書き写されています。書く内容は同じなのに、書く場所と書き方が違う──この非効率が、記録の総作業時間を膨らませています。
「記録が大変」という声は、個人の能力や努力の問題ではありません。記録業務が負担になるのには、構造的な原因があります。
前述のとおり、1つのケア事実が複数の記録に転記されます。たとえば「Aさんが昼食を5割摂取」という事実は、以下のすべてに記載されます。
5回、同じ事実を書いている。表現や詳しさは異なるものの、情報源は1つです。本来であれば、1回入力すれば各帳票に自動展開されるべきですが、多くの施設ではそうなっていません。
ICTを導入した施設でも、紙の記録を完全に廃止できていないケースが多くあります。介護ソフトにデータは入力するが、監査対応のために紙でも残している。タブレットは配備されたが、操作が遅い職員は結局紙に書いてから入力し直している。
「紙をやめるのが怖い」「紙のほうが早い」という現場の声は理解できます。しかし、紙とシステムの二重管理は記録作業を倍にしているという事実を直視する必要があります。
施設ごと、場合によってはフロアごとに記録フォーマットが異なる。ケア記録のテンプレートが統一されていないため、職員によって記載項目や記述の粒度がバラバラになります。
新人職員は「何をどこまで書けばいいのかわからない」と悩み、ベテラン職員は「自分流の書き方」が固定化している。フォーマットが標準化されていないこと自体が、記録に時間がかかる原因になっています。
記録業務の各工程に対して、AIがどのように業務を変えるのかを具体的に解説します。
ケアの直後にスマートフォンやウェアラブルデバイスに話しかけるだけで、AIが発話内容を解析し、構造化されたケア記録を自動生成します。
「Aさん、昼食5割摂取。味噌汁は完食。ご飯は残した。食欲はあるけど咀嚼に時間がかかっている様子」──この口頭での報告が、そのまま定型フォーマットのケア記録に変換されます。手書き5分の作業が、音声入力30秒に短縮されます。
Bluetooth対応の体温計・血圧計・パルスオキシメーターを使えば、測定値が自動でシステムに転送されます。手入力の工程がゼロになるだけでなく、転記ミスも完全に排除されます。
さらに、AIが過去のバイタル推移と比較して異常値を自動検知し、「Bさんの血圧が過去1週間の平均より20mmHg高い」といったアラートを出すことも可能です。
1日のケア記録をAIが自動で要約し、申し送り文書を生成します。「今日のAさん:食事5割(昼食)、排泄3回、入浴済み。咀嚼に時間がかかる傾向あり、歯科受診を検討」──このレベルの要約が、ケア記録から自動で作成されます。
職員は内容を確認・補足するだけで済み、申し送り作成の時間が20分から5分に短縮されます。口頭の申し送りも、要約された文書をベースに行うことで、伝達の質が標準化されます。
ケア記録に一度入力された情報を、AIが連絡帳向け・業務日誌向けにそれぞれ文体を変換して自動展開します。
これにより、「1回の入力で全帳票に展開」が実現します。転記という作業そのものがなくなります。
科学的介護情報システム(LIFE)への提出データは、日々のケア記録から必要項目を抽出して整形する必要があります。AIが記録データからADL評価やサービス提供内容を自動分類し、LIFE形式に変換することで、これまで月末にまとめて行っていたデータ整理作業を自動化できます。
利用者20名規模の介護施設を想定して、AI導入前後のインパクトを試算します。
| 指標 | Before(従来) | After(AI導入後) | 改善幅 |
|---|---|---|---|
| 1日の記録作業時間(1人あたり) | 1.5〜2時間 | 30〜40分 | 約65%削減 |
| 同一情報の転記回数 | 3〜4回 | 1回(自動展開) | 転記ゼロ |
| 申し送り作成時間 | 15〜20分 | 3〜5分(確認のみ) | 約75%削減 |
| 連絡帳作成時間(20名分) | 60〜100分 | 15〜20分(確認・補足のみ) | 約80%削減 |
| バイタル入力の転記ミス | 月数件の入力ミス | 自動転送で転記ミスゼロ | ミス撲滅 |
| 直接ケアに使える時間 | 勤務時間の60〜65% | 勤務時間の80%以上 | 約20%増加 |
記録作業時間が65%削減されるということは、8時間勤務のうち約1時間が「利用者と向き合う時間」として戻ってくるということです。1日1時間、1ヶ月で約20時間。この時間で、傾聴・レクリエーション・個別ケアなど、本来やりたかったケアに充てることができます。
介護記録の本来の目的は、利用者のケアの質を高めることです。状態の変化を見逃さない。チーム内で情報を共有する。家族に安心を届ける。ケアプランの見直しに活かす。
しかし現実には、記録を書くこと自体が目的化し、「書くために書く」記録が増えています。誰も読み返さない業務日誌。形式だけ整えた申し送りノート。監査のためだけに残している紙の記録。
記録業務をAIで効率化する意義は、単に「時間を削減する」ことではありません。記録に費やしていた時間を、利用者のそばにいる時間に変えること。それが、介護記録のAI化がもたらす本当の価値です。
「記録を書く時間があったら、利用者さんのそばにいたい」──その想いは、仕組みで実現できます。
音声入力アプリ単体であれば月額数千円から導入できます。記録の自動生成・申し送り要約まで含めた包括的なシステムでは、1施設あたり月額3〜10万円程度が目安です。まずは音声入力から始めて段階的に拡張するアプローチが、費用対効果の面で推奨されます。
最新の音声認識技術は、介護用語にも対応した認識精度95%以上を実現しています。ただし、最終的には人間が確認・修正するフローを組むことが前提です。AIは下書きを作る役割であり、記録の正確性は職員が担保します。
一気に切り替える必要はありません。まずバイタル記録など定型的な記録から電子化し、並行運用期間を設けるのが現実的です。職員のITリテラシーに合わせて段階的に移行することで、現場の抵抗を最小限に抑えられます。
音声入力は「話すだけ」で記録ができるため、むしろキーボード入力が苦手な方に適しています。スマートフォンに話しかける操作は日常的な行為であり、導入時の研修で基本操作を覚えれば、ITが苦手な職員でも問題なく使えるケースが大半です。
まずは現状の記録業務にどれだけの時間がかかっているかを計測することです。1週間だけでも各記録の作成時間を記録してみると、改善すべきポイントが明確になります。その上で、最も作成頻度が高く定型的な記録(多くの場合バイタル記録)から音声入力を導入するのが成功パターンです。
AIによる記録の構造化は、LIFE提出データの自動生成と相性が良い領域です。日々のケア記録から必要な項目を自動抽出し、LIFE形式に変換することで、これまで手動で行っていたデータ整理・入力の工数を大幅に削減できます。









