


大手IT企業、Sansan、HubSpot Japanを経て2024年に株式会社UniteXを創業。数百社のCRM導入・業務設計を経験する中で「ツール導入だけでは組織は変わらない」という課題に直面し、AI×業務プロセス最適化サービス「AI Flow」を立ち上げ。業務理解・ビジネス理解・CRM・AIの4軸で、企業の業務プロセスそのものを再設計する支援を行っている。
不動産の契約業務で最も時間がかかるのは、重要事項説明書(35条書面)の作成です。
ベテランの宅建士でも、1件あたり3〜5時間。不慣れな担当者なら丸1日かかることも珍しくありません。物件の権利関係を調べ、法令上の制限を確認し、設備の状況を一つひとつ記載していく。この作業に、なぜこれほどの時間がかかるのか。
答えは、「書く時間」ではなく「調べる時間」が大半を占めているからです。
重要事項説明書(35条書面)とは、宅地建物取引業法第35条に基づき、不動産の売買・賃貸の契約前に買主・借主に対して交付・説明する書面です。物件の権利関係、法令上の制限、設備の状況など、契約判断に必要な情報を漏れなく記載する義務があり、記載に虚偽や漏れがあった場合は宅建士個人の責任問題に発展します。
この記事では、不動産契約業務の中でも特に負荷が大きい重要事項説明書の作成プロセスを工程ごとに分解し、どこに時間がかかっているのかを可視化します。
重説の作成を「書類を書く仕事」だと思っている人は多いですが、実際には調査・収集・転記・確認の連続です。全体像を工程に分解すると、次のようになります。
まず、法務局で対象物件の登記簿謄本(登記事項証明書)を取得します。現在はオンライン(登記情報提供サービス)で取得できますが、内容の読み解きは簡単ではありません。
登記簿の記載は専門的な法律用語で書かれており、正確に読み取って重説に反映するには知識と経験が必要です。
対象物件にかかる法令上の制限を調べます。これが重説作成で最も時間がかかる工程です。
確認すべき法令は多岐にわたります。
| 調査項目 | 確認先 | 確認方法 |
|---|---|---|
| 用途地域・建ぺい率・容積率 | 市区町村の都市計画課 | 窓口 or Web |
| 道路の種別・幅員 | 建築指導課 | 窓口(図面閲覧) |
| 建築確認の有無 | 建築指導課 | 台帳記載事項証明 |
| 土砂災害警戒区域 | 都道府県の砂防課 | ハザードマップ |
| 浸水想定区域 | 市区町村の防災課 | ハザードマップ |
| 埋蔵文化財包蔵地 | 教育委員会 | 照会 |
| 石綿(アスベスト)使用調査 | 管理組合 or 売主 | 書面確認 |
| 耐震診断の有無 | 管理組合 or 売主 | 書面確認 |
2020年の法改正で水害リスクの説明が義務化され、調査項目はさらに増えています。
問題は、これらの情報が一箇所にまとまっていないことです。都市計画情報は市区町村のWebサイト、道路情報は窓口で図面を閲覧、ハザードマップは別のWebサイト──と、情報源が分散しています。自治体によってはオンライン化が進んでおらず、いまだに窓口で直接確認しなければならないケースもあります。
ライフラインの整備状況を確認します。
マンションの場合は、管理組合から管理費・修繕積立金の額、滞納の有無、長期修繕計画などの情報も取得します。管理会社に問い合わせて「重要事項調査報告書」を取り寄せますが、これに1〜2週間かかることもあります。
工程1〜3で収集した情報を、重要事項説明書のフォーマットに転記していきます。
ここで問題になるのが、収集した情報の形式がバラバラであることです。
これらを一つひとつ確認しながら、重説の所定の欄に手入力していきます。転記ミスは許されません。なぜなら、重要事項説明書に虚偽の記載があった場合、宅建士個人の責任問題になるからです。
作成した重説を、別の宅建士や上司がチェックします。
チェック項目は、記載内容の正確性、法令上の制限の漏れ、特約事項の適切性など。チェックする側も、元の調査資料と照合しながら確認するため、1件あたり30分〜1時間かかります。
修正が入れば、修正→再チェックのサイクルが発生し、さらに時間がかかります。
重説と並行して、売買契約書(37条書面)も作成します。重説とは別の書類ですが、多くの情報が重複しています。
にもかかわらず、重説と契約書は別々に作成されるのが一般的です。重説の内容をコピー&ペーストで契約書に転記する。この「重説と契約書の二重作成」も、無駄な工数の一つです。
書類が完成したら、買主に対して重要事項説明を行います。対面またはオンライン(IT重説)で、宅建士が書類の内容を読み上げ、説明します。
説明の所要時間は物件によりますが、売買の場合は1〜2時間が一般的です。説明中に買主から質問があれば、その場で回答する必要があるため、宅建士は書類の内容を事前に十分に理解しておかなければなりません。
売買物件1件の重説作成にかかる時間の内訳を整理します。
| 工程 | 所要時間 | 全体に占める割合 |
|---|---|---|
| 登記簿の取得・調査 | 30分 | 8% |
| 法令上の制限の調査 | 2〜3時間 | 42% |
| 設備・インフラの確認 | 30分〜1時間 | 13% |
| 重説への転記 | 1〜1.5時間 | 21% |
| ダブルチェック | 30分〜1時間 | 13% |
| 修正対応 | 15〜30分 | 4% |
| 合計 | 5〜7時間 | 100% |
作成時間の約半分が「調査」に費やされています。つまり、重説作成の本質は「文書作成」ではなく「情報収集と照合」なのです。この構造を理解せずに「書類作成を効率化しよう」としても、根本的な解決にはなりません。
重説作成の各工程に対して、AIがどのように業務を変えるのかを具体的に解説します。
物件の所在地を入力するだけで、AIが関連する法令上の制限を自動で収集。用途地域、建ぺい率・容積率、ハザードマップ情報、道路情報などを一括取得し、重説のフォーマットに自動入力します。
自治体のオープンデータやGIS(地理情報システム)と連携することで、従来2〜3時間かかっていた法令調査が数分で完了します。情報源が分散していても、AIが自動で巡回・収集してくれるため、宅建士が複数の窓口を回る必要がなくなります。
登記簿謄本のPDFをAIが読み取り、所有者情報、抵当権の内容、その他の権利関係を自動で構造化。重説の該当欄に自動で転記します。
ベテランでないと読み解けなかった登記簿の内容を、AIが自動で「翻訳」してくれるイメージです。経験の浅い宅建士でも正確な記載が可能になり、属人化の解消に直結します。
重説に入力した情報をもとに、売買契約書の対応する項目を自動生成。二重入力が不要になり、重説と契約書の整合性も自動でチェックされます。
従来は重説と契約書を別々に作成し、内容の整合性を人間が目視で確認していました。AIがこの工程を担うことで、転記ミスと二重作業の両方を同時に解消できます。
完成した重説をAIがレビューし、記載漏れ、矛盾、法令上の問題点を自動で検出。人間のダブルチェックを補完する、もう一つのチェックレイヤーとして機能します。
特に効果が大きいのは法改正への対応です。法令は毎年のように改正されますが、すべての改正を宅建士が把握するのは困難です。AIが最新の法令に基づいてチェックすることで、法改正の見落としを防げます。
重説作成業務をAI化した場合の、工程別の改善インパクトを試算します。
| 指標 | Before(従来) | After(AI導入後) | 改善幅 |
|---|---|---|---|
| 重説作成の合計時間 | 5〜7時間 | 1.5〜2時間 | 70%削減 |
| うち法令調査 | 2〜3時間 | 10分 | 95%削減 |
| ダブルチェック時間 | 30分〜1時間 | AIチェック+人間確認15分 | 75%削減 |
| 記載ミスの発生率 | 月1〜2件 | ほぼゼロ | 大幅低減 |
| 作成できる担当者 | ベテラン宅建士のみ | 経験の浅い宅建士も対応可 | 属人化解消 |
重説作成の合計時間が70%削減されるということは、宅建士が1日に処理できる案件数が大幅に増えるということです。また、属人化の解消により「ベテランが休むと契約が止まる」というリスクも排除できます。
重説の作成が速くなることは、単に事務作業が楽になるだけではありません。
宅建士が調査や転記に費やしていた時間が減れば、その分を顧客への説明の質を高めることに使えます。重説の内容を深く理解し、買主の不安や疑問に丁寧に答える。これは、顧客満足度と信頼の向上に直結します。
また、重説作成のスピードが上がれば、契約までのリードタイムが短縮されます。「書類の準備に1週間かかります」ではなく、「翌営業日にご説明できます」と言える。この差は、顧客の購買意欲が高いタイミングを逃さないという意味で、大きな競争力になります。
AIはあくまで「下書き・補助」の役割です。重要事項説明書の最終的な記載責任は宅建士にあり、AIが生成した内容を宅建士が確認・承認した上で完成させます。AIは情報収集と転記を自動化するツールであり、法的判断を代行するものではありません。
自治体のオープンデータやGISの整備状況により対応範囲は異なります。主要な都市計画情報(用途地域、建ぺい率・容積率等)はほとんどの自治体でオンライン取得が可能です。一方、道路の種別や建築確認の詳細など、窓口でしか確認できない情報は引き続き人間が対応する必要があります。AIは「取得可能な情報の自動収集」と「窓口確認が必要な項目のリストアップ」の両方を担います。
2022年の宅建業法改正により、重説の電子交付とIT重説(オンラインでの重要事項説明)が全面解禁されました。AIによる重説作成の自動化と電子契約は相性が良く、作成から交付・説明までの全工程をデジタル化できます。紙の書類をやり取りする工数が削減されるだけでなく、版管理や修正履歴の管理も容易になります。
賃貸物件の重説は売買に比べて記載項目が少なく、1件あたりの作成時間も短い傾向にあります。ただし、賃貸仲介は取り扱い件数が多いため、1件あたり30分の短縮でも月間で見れば大きな効果になります。特に繁忙期(1〜3月)に大量の重説を処理する必要がある賃貸仲介会社には、AIの恩恵が大きいです。
まずは「現状の業務フローの可視化」です。この記事で示した7工程をベースに、自社では各工程にどれだけの時間がかかっているかを計測してください。その上で、最も時間がかかっている工程(多くの場合、法令調査)からAI導入を検討するのが確実なアプローチです。AI Flow無料診断では、この工程分析を60分で行います。
多くの不動産業務ソフト(いえらぶ、@dream、賃貸革命等)はAPI連携やCSVインポート/エクスポートに対応しています。AIツールとの連携方法は、既存システムの仕様によって異なりますが、完全なリプレイスではなく「既存システム+AIの上乗せ」で導入するアプローチが現実的です。導入前に既存システムとの連携可否を確認することが重要です。









