


大手IT企業、Sansan、HubSpot Japanを経て2024年に株式会社UniteXを創業。数百社のCRM導入・業務設計を経験する中で「ツール導入だけでは組織は変わらない」という課題に直面し、AI×業務プロセス最適化サービス「AI Flow」を立ち上げ。業務理解・ビジネス理解・CRM・AIの4軸で、企業の業務プロセスそのものを再設計する支援を行っている。
賃貸管理会社の現場で、こんな光景は珍しくありません。担当者が有給を取った日に、オーナーから修繕の承認確認の電話が入る。代わりに出た社員は、そのオーナーの承認基準も、過去の修繕履歴も、好みの連絡手段もわからない。結局「担当者が戻り次第折り返します」と伝えるしかない──。
オーナー対応業務は、不動産業界の中でも最も属人化しやすい業務です。そして属人化しているがゆえに、担当者の異動や退職で一気に品質が崩れるリスクを抱えています。
賃貸管理のオーナー対応とは、月次収支報告・修繕手配・空室対策・入居者クレーム対応・契約更新管理など、物件オーナーとの間で発生するすべてのコミュニケーション業務を指します。管理戸数300戸・オーナー50名の規模で月間約125時間──業務時間の約75%がオーナー対応で埋まっている計算です。
この記事では、賃貸管理会社のオーナー対応業務を工程ごとに分解し、なぜ属人化するのか、その構造的な原因を明らかにします。
賃貸管理におけるオーナー対応は、大きく5つの業務領域に分かれます。それぞれが独立しているようでいて、実際にはオーナーごとの「暗黙のルール」で密接につながっています。
毎月、管理物件の収支をオーナーに報告する業務です。報告書に含まれる項目は以下のとおりです。
一見シンプルに見えますが、実際の作業は複雑です。入金データの確認では、口座振替、銀行振込、クレジットカード決済など支払い方法が入居者によって異なり、振込名義が入居者名と異なる(保証会社経由、家族名義等)ケースもあります。入金の消込作業だけで相当な時間がかかります。
そして報告書の作成──ここが属人化の温床です。
オーナーごとに報告のフォーマットと手段が異なるのです。
入居者から「エアコンが壊れた」「水漏れがする」「ドアの鍵が回りにくい」といった連絡が入ると、管理会社がオーナーに報告し、修繕の承認を得て、業者を手配します。
この工程で問題になるのは、オーナーの承認フローです。
オーナーごとの承認基準や連絡のつきやすさ、過去の修繕履歴──これらが担当者の経験と記憶に依存しています。
退去が発生した場合、原状回復工事の手配、募集条件の設定、ポータルサイトへの掲載、仲介会社への営業活動を行います。オーナーとの調整事項は多岐にわたります。
特に賃料設定は、オーナーの感情が強く入る領域です。「前と同じ賃料で出してほしい」と言うオーナーに対して、市場相場の下落を説明し、適正賃料を提案する。このコミュニケーションの難しさが、属人化の大きな要因です。
騒音、ゴミ出しルール違反、ペット問題、近隣トラブル──入居者からのクレームは、管理会社の日常業務の中でも最も精神的な負荷が大きい仕事です。
クレーム対応の中でオーナーが関わるのは、主に以下のケースです。
クレームの内容、対応の経緯、オーナーへの報告内容──これらが時系列で記録されていないと、担当者が変わった途端に「前任者はどう対応していたのか」がわからなくなります。
入居者の契約更新手続きと、退去時の精算業務です。更新時にオーナーと調整するのは、賃料の据え置き or 改定、更新料の設定など。退去時は、原状回復費用の負担割合、敷金の精算、次の募集開始のタイミングなどを調整します。
管理戸数300戸・オーナー50名の賃貸管理会社を想定して、各業務にかかる月間の作業量を可視化します。
| 業務 | 月間の作業量 | 所要時間 |
|---|---|---|
| 月次収支報告の作成 | 50名分 | 約50時間(1名あたり1時間) |
| 入金消込・滞納確認 | 300戸分 | 約20時間 |
| 修繕手配・オーナー承認取得 | 月20件想定 | 約15時間 |
| 空室対策・募集管理 | 常時10〜15室 | 約20時間 |
| クレーム対応・報告 | 月10件想定 | 約10時間 |
| 契約更新・退去精算 | 月10件想定 | 約10時間 |
| 月間合計 | 約125時間 |
担当者1人あたりの月間業務時間が約170時間(営業日22日 x 8時間)だとすると、業務時間の約75%がオーナー対応で埋まっている計算です。残り25%で新規受託営業や社内業務をこなさなければなりません。
管理契約書に明記されていない、オーナーごとの暗黙のルールが大量に存在します。
これらの情報が担当者の頭の中にしかなければ、その担当者がいないと業務が止まります。
オーナーとのやり取りは、電話、メール、LINE、対面、郵送と多チャネルにわたります。電話の内容はメモに残す人と残さない人がいる。LINEは個人のスマートフォンに残っている。メールは担当者のアドレスに届いている。
コミュニケーション履歴が分散しているため、第三者が過去のやり取りを把握するのが困難です。
オーナーごとに報告のフォーマットが異なると、作成する側の負荷が大きくなるだけでなく、業務の引き継ぎが極めて難しくなります。
「このオーナーにはこのExcelテンプレートで送る」「このオーナーはWord形式が好み」──テンプレートの管理だけで一苦労です。
オーナー対応の各業務領域に対して、AIがどのように業務を変えるのかを具体的に解説します。
銀行口座の入出金データとAIを連携させ、振込名義の揺れ(保証会社名、家族名義等)を学習して自動で消込。滞納が検出された場合は自動でアラートを出し、督促フローに移行します。月20時間かかっていた消込作業が、2時間の確認作業に短縮されます。
入金データ・支出データ・空室状況を自動集計し、オーナーごとのフォーマットで報告書を自動生成します。AIがオーナーの過去の質問傾向を分析し、先回りして情報を盛り込んだ報告書を作成。50名分の報告書作成が、50時間から5時間へ。確認・微調整だけで済むようになります。
電話の内容はAIが自動で文字起こし・要約。メール・LINEの履歴も自動でCRMに集約。オーナーごとの対応履歴が時系列で一元管理され、誰でもワンクリックで過去の経緯を把握できます。属人化の最大の原因である「暗黙のルール」も、AIが会話履歴から自動抽出してオーナープロファイルとして整理します。
入居者からの修繕依頼をAIが内容を分類し、過去の修繕履歴や見積もり実績をもとに概算費用を自動算出。オーナーの承認基準(「5万円以下なら事後報告可」等)に基づいて、自動承認または承認依頼を送信します。修繕の手配から完了報告まで、ワークフローで進捗を一元管理できます。
管理戸数300戸・オーナー50名の賃貸管理会社を想定して、AI導入前後のインパクトを試算します。
| 指標 | Before(従来) | After(AI導入後) | 改善幅 |
|---|---|---|---|
| 月次報告の作成時間 | 50時間/月 | 5時間/月 | 90%削減 |
| 入金消込 | 20時間/月 | 2時間/月 | 90%削減 |
| 修繕手配・承認取得 | 15時間/月 | 5時間/月 | 67%削減 |
| 担当者不在時の対応可否 | 対応不可 | 履歴参照で誰でも対応可 | 属人化解消 |
| オーナーからの問い合わせ対応 | 履歴を記憶に頼る | AIが過去経緯を即時提示 | 対応品質の均一化 |
月間125時間のオーナー対応業務のうち、約85時間(報告書作成+入金消込+修繕手配)がAIで大幅に削減できる領域です。削減された時間を新規受託営業やオーナーとの関係構築に充てることで、管理戸数の拡大と既存オーナーの満足度向上を同時に実現できます。
オーナー対応が属人化している状態は、会社にとってリスクであると同時に、担当者個人にとっても大きな負担です。
「自分が休むと回らない」というプレッシャー。オーナーからの電話は休日でもかかってくる。引き継ぎしたくても、暗黙のルールが多すぎて伝えきれない。
オーナー対応業務の構造を整理し、AIで仕組み化することは、担当者が安心して休め、チームとして業務を回せる体制を作ることでもあります。属人化の解消は、経営リスクの低減であると同時に、働く人を守る取り組みです。
導入の範囲によりますが、月次報告書の自動生成なら月額数万円のツールから始められます。CRM連携型でコミュニケーション履歴の一元化まで含めると、月額10〜30万円程度が目安です。まずは最もコストパフォーマンスが高い「報告書自動生成」から始めて、段階的に拡大するアプローチが推奨です。
完全自動送信ではなく「AIが下書き作成 → 担当者が確認・調整 → 送信」のフローにすることで、品質を担保できます。入金データや支出データなど数値の集計はAIが正確に行い、コメントや所見の部分を人間が調整する形が最も効率的です。運用開始後2〜3ヶ月でAIの精度が上がり、確認作業はさらに短縮されます。
AIはあくまでバックオフィスの業務効率化に使い、オーナーとの直接のコミュニケーションは人間が行います。AIの導入で報告の頻度や質が向上すれば、オーナーの満足度はむしろ上がります。「報告が早くなった」「対応が丁寧になった」とオーナーから評価されるケースが多いです。
むしろ小規模な会社ほどメリットが大きいです。少人数で多くのオーナーに対応しなければならない状況では、属人化のリスクも高く、AIによる自動化の恩恵を最も強く受けられます。管理戸数100戸・オーナー20名程度の規模でも、月あたり40〜50時間の業務時間を削減できる計算です。
多くの場合、API連携やCSV取り込みで既存システムと接続可能です。賃貸管理ソフト(いえらぶ、賃貸革命、ESいい物件One等)とCRM(HubSpot、Salesforce等)を連携させ、その上にAIを載せる構成が一般的です。重要なのは、導入前に既存システムとの連携可否を確認することです。
まずは「現状の業務フローの可視化」と「暗黙のルールの棚卸し」です。各業務にどれだけの時間がかかっているかを計測し、オーナーごとの暗黙のルールを記録します。その上で、最もインパクトが大きい領域(多くの場合、月次報告書の自動生成と入金消込の自動化)から着手するのが成功パターンです。









