「取引は登録しているのに、パイプラインがただの記録置き場になっている」 「『提案中』の案件が10件ある。でも、どこからが提案中なのか、人によって言うことが違う」 「商談の数はそれなりにあるのに、今月の受注がいくらになるか読めない」 月曜の営業会議。Excel(表計算ソフト)やスプレッドシートの案件一覧を開き、担当者が順番に状況を説明していく。 HubSpot(ハブスポット)を導入したあとも、こうした会議の進め方がそのまま残っている会社は少なくありません。 道具はある。データも入っている。 それでも案件の全体像は、担当者の頭の中と手元の一覧表に散らばったままです。 その状態を変えるのが、取引パイプラインです。 ひと言でいえば、「今ある案件が、受注までのどのあたりにいるか」を一目で見えるようにするしくみです。 頭の中やExcelに散らばっていた案件を、誰が見ても分かる形に並べてくれます。 しくみ自体は単純です。ただ、使いこなすと効果は大きい。 「あの案件どうなった」という会話が会議から消え、次に押すべき案件が自然と見えてきます。 この記事では、取引パイプラインのしくみと基本の動かし方に加えて、成否を分ける「ステージの定義のしかた」を掘り下げます。 ステージの決め方には3つのパターンがあり、どれを選ぶかで数字の信頼度が大きく変わります。 すでにHubSpotを入れている方も、これから案件管理を整える方も、読み終えたら自分のパイプラインをそのまま見直せるように書きました。 そもそも取引パイプラインとは何か まず、言葉を整理します。HubSpotでは、商談や案件のことを「取引」と呼びます。「A社への提案」「B商店からの見積もり依頼」。こうした一つひとつの案件が、HubSpotの中では1枚のカードになります。案件ごとに付せんを1枚作る、と考えてください。 その取引カードが受注へ向かって進む道のりを並べたものが「取引パイプライン」です。パイプラインは日本語にすると「管」。案件が入口から出口(受注)まで流れていく、1本の道です。 パイプラインは「ステージ」という段階に分かれている この道は、いくつかの「ステージ(段階)」に区切られています。たとえば「アポ獲得」「ヒアリング」「提案・見積もり」「検討中」「受注」「失注」といった並びです。 案件は、この段階を左から右へ進みます。提案を出せば「提案・見積もり」へ。契約が決まれば「受注」へ。この移動を、画面の上でカードをつかんで動かすだけで管理できる。これが取引パイプラインの正体です。 HubSpotの取引画面を開くと、ステージごとに縦の列が並び、それぞれの列に案件カードがぶら下がった「ボード表示(かんばん方式)」が見られます。付せんを壁に貼って整理する、あの感覚に近い画面です。 このおかげで、「今、どの段階に何件あるか」「どの案件が止まっているか」が、画面を見た瞬間に分かります。これが「見える化」です。 使いこなすと、4つのことが変わる 「見える化」と言われても、それで何が変わるのか。きちんと使うと、次の4つが起こります。 案件の取りこぼしが減る:止まっている案件はボードの上に居残り続けるので、忘れたくても目に入ります。「気づいたら他社に決まっていた」という、いちばん悔しい失注を減らせます。 全員が同じ状況を共有できる:担当者の頭の中にしかない情報は、その人が休んだ瞬間に止まります。ボードに載っていれば、上司も同僚もすぐ状況が分かり、引き継ぎも代わりの対応も速くなります。 売上の見込みが数字で立つ:取引カードに金額を入れると、「提案中の案件は合計いくら」「今月決まりそうな見込みはいくら」が自動で集計されます。勘や記憶ではなく、数字で先が読めます。 どこで案件が詰まっているか分かる:「提案は出すのに、受注に変わらない」。止まりやすい段階が見えると、直すべき場所がはっきりし、詰まっている場所だけをねらって手を打てます。 Excelでの案件管理と何が違うのか、という質問もよく受けます。優劣ではなく、得意なことの違いです。 観点Excel管理取引パイプライン 自由な書き方・加工◎○ 進み具合の一目把握△◎ 更新履歴の自動記録△◎ メール・通話とのひも付け△◎ 売上見込みの自動集計○◎ 「複数人で毎日更新し、状況を共有する」仕事は、パイプラインのほうが向いています。案件管理の土台をパイプラインに置き、深掘りの分析はExcelで行う。この役割分担が現実的です。 まとめ:取引パイプラインとは、案件(取引)が受注までのどの段階(ステージ)にいるかを、カードを並べて一目で見えるようにするしくみです。案件の「今の位置」を全員で共有できることが、いちばんの値打ちです。 基本の使い方|まず案件を載せて動かす ここからは、実際の手順です。あれこれ読むより、まず1件、自分の案件を載せてみるのが、いちばんの近道です。 手順1:取引画面を開く HubSpotの上のメニューから「セールス」→「取引」を選びます。ステージごとに列が並んだボード画面が出てきます。まだ何も登録していなければ空っぽの列が並んでいるはずですが、問題ありません。ここからカードを足していきます。 手順2:ステージを自社の営業に合わせる HubSpotには標準のステージが用意されていますが、自社の営業の流れに合わせて作り直すのがおすすめです。画面右上の設定(歯車の印)から「取引パイプライン」の編集に進むと、ステージの名前を変えたり、足したり減らしたりできます。 「自分たちは、案件をどんな順番で進めているか」を書き出して並べる。多すぎると管理しきれないので、最初は4〜6段階に収めるのがコツです。 ただし、ここでひとつ大事な話があります。ステージの「名前の付け方」には、実は型があります。ここの決め方しだいで、あとでパイプラインの数字が信じられるかどうかが変わってくる。次の章でくわしく見ていくので、まずは仮の並びで先に進んで大丈夫です。 手順3:取引(案件)を1件、作ってみる ボード画面の「取引を作成」を押すと、新しい案件カードの入力欄が出てきます。最低限、次の3つだけ埋めれば十分です。 取引名:「A社_新システム導入」のように、後で見て分かる名前 金額:想定している受注金額(概算で構いません) 取引ステージ:その案件が、今どの段階にいるか さらに、その案件のお客様(担当者や会社)をひも付けておくと、「誰の案件か」「どんなやり取りをしたか」がカードからすぐ追えるようになります。とはいえ最初は、この3つだけでも構いません。まず作ってみることが、何より大事です。 手順4:案件が進んだらカードを動かす ここが、いちばん気持ちのいいところです。案件が進んだら、ボードの上のカードを次の段階の列へつかんで動かすだけ。それだけで案件管理が終わります。 カードを動かすたびに、HubSpotは「いつ、どの段階に進んだか」を裏側で記録しています。後から「提案から受注まで何日かかったか」を振り返る土台が、自然とたまっていくのです。 自社の営業の流れに合わせて、ステージを4〜6段階で作る 案件は「名前・金額・ステージ」の3つだけでも、まず1件作る 案件が進んだら、カードを次の段階へ動かす。それだけを続ける ステージの定義には3つのパターンがある さて、ここからがこの記事の中心です。手順2で「自社の流れをそのまま並べればよい」と書きました。それで始められるのは本当ですが、しばらく運用すると、多くの会社が同じ壁に当たります。「この案件をどのステージに置くべきか、人によって言うことが違う」という壁です。 原因は、ステージそのものではなく「定義のしかた」にあります。定義のしかたは、大きく3つのパターンに分かれます。順番に見ていきます。 パターン1:「状況」で定義する 「検討中」「提案中」「交渉中」。案件の状況をそのまま名前にするパターンです。いちばん直感的で、最初に作るとたいていこの形になります。 ただ、このパターンには弱点があります。状況のとらえ方は、人によって割れるのです。たとえば「提案中」。口頭で概算を伝えた時点で提案中なのか。提案書を出してからなのか。営業担当10人に聞くと、答えが2つにも3つにも分かれます。 更新のタイミングも曖昧になります。「検討中」から「交渉中」へは、いつ動かせばいいのか。はっきりした合図がないので、カードは動かされないまま残りがちです。結果として、パイプラインの数字が実態とずれていきます。 パターン2:「自社の行動」で定義する 「初回商談を実施した」「提案書を提出した」。自分たちが完了した行動を名前にするパターンです。 強みは、判定がブレないこと。提案書を出したか、出していないか。完了した事実なので、誰が見ても同じ判断になります。更新のきっかけも明確です。提案書を出したその日に、カードを動かせばいい。迷う余地がありません。 状況型との差は、運用にはっきり効いてきます。ステージ名を見た瞬間に「やったか、やっていないか」で答えが出るので、会議で解釈をすり合わせる時間が消えるのです。 パターン3:「顧客の行動」で定義する 「顧客が見積もりを承認した」「先方の社内で稟議(社内の承認手続き)が始まった」。相手側の動きを名前にするパターンです。 実は、受注にいちばん近い情報はこれです。自社が提案書を出しても、相手が動かなければ案件は進んでいません。「自社が動いたか」ではなく「相手が前に進んだか」を見るので、受注確度との連動がもっとも強い。パイプラインの後半ほど、この威力が出ます。 一方で、把握には手間がかかります。相手の社内の動きは、聞かなければ分かりません。「稟議はいつごろ上がりそうですか」と自然に聞ける関係と、ヒアリングの習慣が前提になります。 3つのパターンを並べて比べる 観点状況で定義自社の行動で定義顧客の行動で定義 ステージ名の例検討中・提案中提案書を提出した顧客が見積を承認した 判定のブレにくさ△◎◎ 更新タイミングの明確さ△◎○ 受注確度との連動△○◎ 導入のしやすさ◎○△ 状況型は入りやすいぶん、数字が崩れやすい。自社の行動型は判定が堅く、始めやすい。顧客の行動型は受注との連動が強いぶん、把握に手間がかかる。それぞれ、こういう性格だと押さえてください。 おすすめは「行動」ベース。進むほど「顧客の行動」を混ぜる 支援の現場でおすすめしているのは、「完了した事実」で定義したうえで、パイプラインの後半ほど顧客の行動を混ぜていく形です。たとえば、こんな並びになります。 初回商談を実施した(自社の行動) 提案書を提出した(自社の行動) 顧客が見積内容に合意した(顧客の行動) 受注/失注 前半は自社の行動なので運用しやすく、後半は顧客の行動なので確度がつかめる。作るときのポイントは3つです。 「完了した事実」で定義する。「提案中」ではなく「提案書を提出した」。「〜中」ではなく「〜済み」。これだけで判定のブレはほぼ消えます。 各ステージに「次へ進める条件(出口基準)」を1行で書けること。たとえば「提案書を出し、次回打ち合わせの日程が決まったら次へ」。1行で書けないステージは、定義が曖昧な合図です。 パターンを混ぜてもよいが、1つのステージの中で解釈が割れない言葉を選ぶこと。混ぜること自体は問題ありません。危ないのは「交渉中」のように、人によって読み方が変わる言葉を残すことです。 まとめ:ステージは「状況」ではなく「完了した事実(行動)」で定義する。前半は自社の行動、後半は顧客の行動を混ぜる。各ステージの出口基準を1行で書ければ、パイプラインの数字は信頼できるものになります。 受注につなげる活用のコツ5つ ステージが決まり、案件を載せて動かせるようになったら、次は「受注につなげる使い方」です。ただ記録するだけで終わらせると、もったいない。ほんの少しの工夫で、パイプラインは記録の道具から「受注を増やす道具」に変わります。支援の中でくり返し効果を見てきたコツを、5つに絞